2013年1月15日火曜日

動き出した日本(Japan Steps Out by Paul Krugman)


ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏がアベノミクスを評価した記事が1月14日のNYTに掲載されたので翻訳して紹介しよう。原題は"Japan Steps Out"である。


動き出した日本

失業率が高止まりしているのに、世界の先進国の経済政策はまちがった原則論を信奉して何年も麻痺している状態だった。雇用を作り出そうとする試みはすべて、極端な結論を持ち出されては停止させられてきた。財政支出を増やそうとすると国債が暴落する!とか、紙幣を刷ろうとするとインフレーションが爆発する!とか、極端な悲観論者たちが騒ぎ立てる。何をしても結果などでないのだから何もするな、というわけだ。ただ今までのような厳しい耐久生活に耐えよ、というわけだ。

しかしある一つの経済大国が、つまりは他でもない日本が、この状態を打破しようと動き出したように見える。

これは我々が捜し求めていたような異端者ではない。日本の政府は何度も政権交代を繰り返したけど、何かが変わるようなことはなかったように思う。新しい首相となった安倍晋三氏、彼は一度政権を担った人物だけど、彼の復帰は何年も経済運営を間違ってきた自民党とともに、”恐竜”の復帰を予感させたんだ。その上、日本は人口と比較して巨大な政府債務を抱えているため、他の先進国と比較しても、新しい政策を試す余地がさらに限られているとみられていた。

だけど安倍首相は日本の長い不況を終わらせるという公約を掲げて、既に不況原理主義者が言う様な政策とは違った新しい政策に着々と挑んでいるように見える。そしてその最初の試みは上々のようだ。

日本の今までの背景を少し紹介すると、2008年の金融危機よりはるか前から日本は不況に苦しんできた。株価の崩落と不動産バブルの破裂を受けて日本が不況に陥った時にも、日本の政策は常に過小で、遅すぎ、そして一貫性を欠いてきた。
 
確かに、日本は大規模な財政支出を行ってきたんだけど、財政赤字を気にするあまり引き締めに転じて、何度も確かな回復の目を摘んできてしまった。そして90年代の終わりには既にやっかいなデフレーションが根付いてしまった。2000年に入ってから日本の中央銀行である日銀はお金を刷ることによってデフレと戦おうと努力した。だけどすぐにまた引き締めに転じて、デフレが消え去る機会を葬り去ってしまった。

とはいうものの、日本は2008年から我々が受けたような高失業率や災禍を経験することはなかったんだ。僕らが最初に提言した政策は本当にまちがってたので、日本の政策を厳しく批判してきたアメリカのエコノミストたちは、これにはFRB議長のベン・バーナンケや僕も含まれるんだけど、東京を訪れた際、天皇陛下に詫びようとさえ言ったんだ。

これは日本の経験からもう一つの教訓を教えてくれている。長く続いた不況からの脱出が難しいってのは確かなんだけど、それは主に政策遂行者に、果敢な政策を採らせることが難しいことから生じているってことなんだ。つまり問題の本質は、経済的な問題というよりも政治上・知性上の問題だということなんだ。実際のところ、積極政策のリスクは、悲観論者が君たちに信じ込ませたいリスクよりも、ずいぶんと小さいものなんだよ。

巷間言われている政府債務や赤字の問題について考えてみよう。ここアメリカでは我々はいつも財政赤字を減らさなければならない、さもないとギリシャみたいになる、と警告している。しかしギリシャ、それは通貨なき国家、はアメリカとは似ても似つかない国だよ。アメリカは日本のほうによっぽど似ている。悲観論者は破滅の兆候として、長期金利の度々の上昇を挙げながら財政破綻の可能性を論じ続けるんだけど、いつまでたってもその日は来ない。日本政府は依然として1%未満の金利で長期国債を発行することができるってのに。

そして安倍首相だ。首相はより高い物価を目指すように日銀に圧力をかけながら、それによって政府債務の一部を償却しようとして、同時に積極的な財政政策を行うことを高らかに宣言した。で、それにたいしてマーケットはどう反応したか?

答えはあらゆる反応が良好だといえるだろう。長いことマイナスであった期待インフレ率が、つまりマーケットはこのデフレが長いこと続くと予想していたんだけど、その期待インフレ率が勢いよくプラスのレベルに入ってきている。にもかかわらず政府債務の金利はまったく変化しているようには見えない。これは、まずまずのインフレが続いていけば、日本の財政事情が急速に改善していくことを予見してくれているんだ。円の為替レートも下がり続け、これは本当にいいニュースだ、輸出状況も大幅に改善していくことだろう。

要するに、安倍氏はすばらしい結果を出して原理主義者たちの鼻をあかしたんだ。

安倍首相は、外交においてそんなに”良心的”な政治家ではないよ、と僕に忠告してくれる日本の政治に幾らか詳しい人がいて、そんな人たちは、彼は利益誘導型の古いタイプの政治家に過ぎないというんだ。

だけどそれがなんだっていうんだろう。彼の意図がどこにあろうと、彼が今やっていることは原理主義を打破しているということなのだ。彼が成功した暁には、何かすばらしいことが起こったことを意味するだろう。つまりそれは世界の他の国々に対して、どうやって不況から脱出するのかを教えてくれているわけだ。

12 件のコメント:

  1. takabedaiさま

    はじめまして。私は美津島明と申します。takabedaiさんのクルーグマン訳を活用した文章を自分のブログにアップしました。ありがとうございます。アベノミクスの援護射撃として効果絶大でしょう。素晴らしいお仕事をなさっていますね。

    http://mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/2978153/

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  2. その後、ツイッター友だちから、次のような情報を得ました。毎日新聞がtakabedaiさんの訳されたクルーグマンの記事を取り上げていて、そのなかで、クルーグマンが「安倍(首相)はナショナリストで経済政策への関心は乏しく、それ故に正統派の理論を無視しているのだろう」と言っているとか
    「財政持続可能性などに深い洞察を欠いたままの政策運営には、懸念をにじませ」ているなどという記載があります。だから、クルーグマンはアベノミクスを『「深く考えてやっているわけではないだろうが、結果的に完全に正しい」と“評価”した』と断じています。これに私は激しい違和感を覚えるのですが、訳者としてtakabedaiさんは、どう思われますか?事実を公正に伝えるべきミッションを背負うマスコミとして、大きな問題があるのではないでしょうか?

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  3. うっかりして、毎日新聞の当記事のURLを書き忘れました。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130114-00000027-mai-bus_all

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    1. 毎日の記事は"11日付ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)のブログ"と書いてある通り、このop-edのコラムではなく、クルーグマンブログについての記事ですね。(http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2013/01/post-d30c.htmlに訳出あり)ただし、

      "金融市場はひとまず好感しているものの、財政持続可能性などに深い洞察を欠いたままの政策運営には、懸念をにじませる。"

      の部分はクルーグマンが書いたかのように誤解されかねないので、非常に問題のある記事です。

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  4. 美津島さま

    コメントありがとうございます。まあマスコミは本当にしょうもないですね。

    事実をありのままに伝えるということすらできないわけですから、でもこういう積み重なりがマスコミ全体の信用を落として社会的影響力を失っていくと思います。日本人は今までマスコミをあまりにも信用しすぎました。

    クルーグマンは安倍首相についてのすべての情報を得た上でコメントしているわけではないと思います。ですので安倍首相について不正確な情報を元に判断している可能性もありますが、私が見るところ安倍首相はよく勉強されていると思います。なにより浜田先生がついているので安心です。

    浜田先生とクルーグマンは当然知り合いですからそこから正確な情報を得ていくだろうと思っています。私は維新にクルーグマンを経済顧問にしてくれと推薦したことがあります(笑。それぐらいクルーグマンは日本のことを理解しております。ですのでクルーグマンはこの先ずっと安倍政権の経済運営の守護神となってくれると思いますよ。

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  5. どうもありがとうございます。一点気になったのが、

    That said, Japan never had the kind of employment and human disaster we’ve experienced since 2008. Indeed, our policy response has been so inadequate that I’ve suggested that American economists who used to be very harsh in their condemnations of Japanese policy, a group that includes Ben Bernanke and, well, me, visit Tokyo to apologize to the emperor.

    上記部分についてです。最初の文は、「とは言うものの、日本は、私達アメリカが2008年以降に経験したほどの経済災害を被らなかった」といった趣旨です。その次の文は、

    それどころか実際は、私達の政策対応は不十分だった。どれほどかというと、日本の政策対応を厳しく非難していたアメリカの経済学者たち――それはベン・バーナンキや私を含むグループなんだけど――に、東京を訪れて天皇陛下に謝罪しようと提案したぐらいだ。

    といった趣旨です。「私達の政策対応」とは、「私達アメリカの政策当局者が実際にとった政策対応」のことです。

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    1. ご指摘ありがとうございます。
      完全に間違えてますね(汗。訂正しました。

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  6.  takabedai様


    はじめまして。

    この話の日本語訳を知りたかったので、とても参考になりました。
    素晴らしい記事を有難うございます。

    この記事を、私のブログ(http://blog.livedoor.jp/sumzw/)
    で紹介させていただいてもよろしいでしょうか?

    どうかお願いいたします。

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    1. 返事が遅くになりすみません><
      もちろんOKです。よろしくお願いします。

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    2. 有難うございます。

      嬉しいです。

      では、紹介させていただきます。

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  7. takabedai様、


    先日、「この記事を私のブログで紹介させて下さい」とお願いした者です。

    <クルーグマンの“アベノミクス”評>をどのタイミングで、どうやってブログに書こうかな・・・と考えているうちに、かなりの日数が経ってしまいました。申しわけありませんでした。

    本日、紹介させていただきました。
    有難うございました。

    これからもtakabedai様のブログを楽しみにしております。

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  8. どもども、丁寧にありがとうございます^^

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